元号越し蕎麦って!?平成から令和へ、ますますタフに生きていかないとね〜




「日本人はお祭りが好きだよねえ」

爆笑問題をホストにしたNHK特別番組を見ても伺えますが、国民が特に熱狂しているわけではない。
でも「てーへんだ、てーへんだ、年号が変わるんでいぃ!」ととりあえず言ってみたい、大イベントにしたい。
そんな空気が伝わってきます。

とうとう明仁天皇が退位されて平成から令和に向かいますね。
イギリスBBCでも4月30日朝のニュースで、皇居前にキャスターを立たせ年号の切り替わりがあること伝えていました。
「これは日本にとって大事な歴史的行事である!」と。

何年か前にBBCは日本の常駐記者を引き上げたはず。😭
わざわざキャスターを派遣してこうやって報道しているということを見ても、確かに日本にとってだけでなく世界にとっても意味のあることだと伺えます。

日本の天皇が存命中に退位するのは実に1817年以来のことである、などそのレアな史実も注目されていましたが。

BBCが天皇家の重要性として伝えていることは、

日本の天皇家は、子孫継承という形で紀元前600年以来続く世界最古の皇族(王族も含む)である。(神話の時代も含めて。ウィキによれば初代神武天皇は紀元前711年生まれとあるけど)

天皇は現人神とされていた時代もあったが、先代の裕仁天皇が戦後「人間宣言」をしたという事実からも日本人にとって天皇の存在の大きさを語っている。

そして明仁天皇のお人柄にも触れています。

裕仁天皇時代までは天皇が一般民と近しく交わることは滅多になかったが、明仁天皇は積極的に自ら日本各地に赴き、人々に積極的に交流する機会を設けていた。

長崎の噴火や東北震災など、災害にあった先々を訪れ、自らヒザを折り被災者に慰めの言葉をかけて回っていた。

長年の差別に苦しんだライ病患者に直接会うなど、以前の体制とは全く違う皇室の形を打ち出していった。

戦後、日本の良からぬ世評を修復に努めた功績は大きい。
外交に力を入れ、ヨーロッパやアメリカ、また東南アジアの国々を多く訪れ、国同士の友好に貢献した、等を挙げています。

朝中継していた皇居前のニュースキャスター女性は、
「明仁天皇はそのお人柄で天皇家のイメージを人々に親しみやすいものとして印象付けた」
と全体に好意的に締めくくっていました。

天皇とくれば必ずその戦争責任云々の話が出てくるのですが、朝の短い時間だったしなあ。

それにしても、戦後にアメリカやヨーロッパ、アジアの国々を訪問された天皇皇后の大変さはどんなものだったか。ちょっと想像に難い。

天皇は政治家とは違う。
政治家は何を言われても、「先人(他人事)の間違った行い」について弁明したり釈明するのが仕事だ。

一方天皇は、天皇家が関わった政治的な部分を批判されるのではなく、その日本における象徴的な存在、つまり自分自身の存在を絶えず非難される。
総理大臣はバンバン代わるけど、天皇は一旦即位したらずーっとそのままだもの。

訪れた先でいくら周りにガードが付いても、晩餐会が豪華でも、そこでどういう視線に晒されるか、車で移動する沿道でプラカードを持った現地の人が何を叫んでいたのか、誰よりもわかっていたはず。これを行く先々で何回も繰り返してきたのだから、その心境たるやいかに。

「なりたくてなったわけじゃない!」って言えないところがまたツライ。

ヤザワみたいに「ヤオモテ、OK」って心境にたどり着かれたのか、どうか。

「象徴としてどうあるべきか常に自分に問うてきた」
天皇のこの言葉がその人生を語っているようです。

それに常に添っていかれた美智子さまもさぞや大変だったろうなあ。
30年間、ご苦労様です。
本当にお疲れ様でした。

BBCでは新天皇夫妻も明仁天皇皇后と同様、外交に務めると期待されている、と報道していました。

浩宮と雅子さまも、「ああ〜遂にこの日が来てしまった〜」と思っているだろうか。

ところで私は昭和63年、平成元年にイギリスに来ました。
最初は1年の予定がこうやって丸々30年住んだんだなあ、と今更ながらに思いミョーに感慨深いです。

これからは令和、新しい年号が始まるんだなあ〜。
ところで巣鴨の商店街では年越し蕎麦ならぬ、元号越し蕎麦なるものが売られているそうですよ。商魂たくましい!

新しい元号でもこうやってますます、タフになっていかないとね〜。

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