1978年のウィンブルドン、マルティナ・ナブラチロワ対クリス・エバートの決勝戦を覚えている人も多いかと思う。
(もちろん生まれていればの話だけど!)
今年、2020年はコロナウィルス感染が収まらず、オリンピックや大きなスポーツイベントに加えてとうとうウィンブルドンもキャンセルになってしまった。
そこでBBCは過去の名試合の数々を放映する事に。
思いもかけず42年ぶりにあの名試合をテレビ観戦することができた、それもこの試合に限ってはダイジェスト版ではなく全部を通して!
ウィンブルドン生中継を夜中にテレビで観たものだが、特に心に強く残ったのがこの1978年ナブラチロワ対エバート戦だった。
私は当然まだ日本におり、「エースをねらえ!」が大好きな、“テニスもちょっとだけやったことあるし〜” の生意気少女だったが、この時「女の本気」というものを初めて見たような気がした。
それにしてもすごい試合だった。
エバートが 6 – 2 で1セットを取った後に、苦戦に苦戦を重ねナブラチロワが 6-4 で 2セット目を取り1−1に。
そして3セット目、7-5 の死闘を演じ、ついに逆転勝利を勝ち取るというドラマチックな試合だった。
セットの間、短いブレークの後にコートに向かう2人の体から燃え立つような気迫。
特にやや下から見上げるカメラアングルでとらえられた、その密な空気を纏って歩く二人のなんとカッコいいことよ。
「絶対に負けられない。次は必ず私が取る」
両者全く違うキャラだが、思うことは同じ。
彼女らの闘志がテレビの画面を通してヒシヒシと伝わって来る。


そしてあの時は可愛らしいエバートに対して悪役女子プロレスラー的な強さとふてぶてしさを備えていたように見えた(子供の私にはね)ナブラチロワのイメージが、全く違うものとして映った。
今見るとあの頃のナブラチロワはとても繊細な部分を抱えつつ、必死に自分のメンタルを保とうとしているまだ21、2歳の女性だった。
対して当時は可憐に見えたクリス・エバートは、その優しげな風貌の中に驚くほど強靱な精神を宿しているように見えた。
エバートは優位に立っていても、難しい局面にあっても自分を見失わず、クールを保つことができる。
さすが10代で最初に頭角を現したプレイヤーという感じだった。
一方ナブラチロワは、感情がもっと表に出てしまうタイプ。
最初のセットでは特に凡ミスも多く調子が上がらなかったこともあるが、焦りや怒り、落胆が逐一顔に出てしまう。
上手くサーブが決まれば小さくガッツポーズを決め、喜びの表情を抑えつつも顔に見て取れる。
決まらなければ首を振り、自分にイライラしている様子が手にとるように伝わって来る。
同じハイレベルでも全く違うタイプの二人。
そんな対比もまたゲームを見る側には面白さを添えていた。
試合は終盤に向かうほどにその迫力を増し、2人は疲れを見せるどころかその集中力を研ぎ澄ませて来る。
そして最後、強靭な意志を貫きとうとう迎えるナブラチロワの勝利。
取って取られるを果てしなく繰り返す、本当にタフなゲームを勝ち取ったのだ。
エバートは友達としてナブラチロワを称え、二人は抱き合い、またテニス仲間に戻る。
そしてBBCでは試合後のナブラチロワへのインタビューも抜粋したところを放映した。
(この部分は日本では放映されなかったと思う。同時通訳は滅多になかったな、あの頃)
当時、ナブラチロワは社会主義であったチェコから18歳でアメリカに亡命して遂に市民権を獲得し、まだ日も浅い頃であった。
まだチェコとドイツの国境に滞在している両親とも会えない状態だった。
父母のウィンブルドン決勝観戦も渡米許可が降りなかったことなどを聞かれるままに、やや涙目で話していた。
(翌年の決勝戦ではお母さんが来ることができたという。会えたのも4年ぶり。)
英語もあまり得意ではなく、東欧のアクセントもまだ強く、緊張の面持ちでとつとつとインタビューに答える彼女。
チャンピオンを勝ち取った強さとは全く相反する不安定さと繊細さが感じられた。
テニスがやりたさと自由を求めてやって来たアメリカで、この人はどれだけの孤独感に耐えていたのだろう。
コートでは誰でも一人かも知れないけれど、(あ、そういえばエースを狙えの主題歌もそんなんだっけ?)国を捨てたナブラチロワはコートを出ても長い間一人だったのではないか。
彼女はこの翌年もウィンブルドン優勝を果たし、押しも押されぬ世界のナンバーワン女子プレイヤーになっていくのだけれど。
(生涯でウィンブルドン優勝9回を含むグランドスラム18回タイトル獲得)


でもこの時彼女はものすごく輝いていたと思う
ものすごく一生懸命で、それを隠さないで、もっともっと自信のある、揺るぎない強さを持つ自分になりたいと思っている、未来の大選手のロウな姿。
今見てもとっても魅力的だ。
ナブラチロワは引退後、ウィンブルドンシーズになるとBBCの常連コメンテイターの一人であった。
彼女の人生もそれは色々あったようだけれど、やはりテニスあってのものだったには違いない。
来年はやって欲しいよね、ウィンブルドン。
70年代に負けぬ強い個性がバンバン出てこないかな。
大阪なおみ選手にも、頑張って欲しいわー。
今見ると、なんと若くて瑞々しいことよ